口座を分ける利点と、その代わりに増える手間。制度の条文と各社の公式で確かめられた範囲だけをまとめました。
先に、いちばん多い誤解:NISAの非課税枠は増えません
NISA口座を持てるのは、1人につき1社だけです。残念ながら、2社目を開いても非課税で買える枠は増えません。2社目では課税口座(特定口座か一般口座)を使います。
正確には「その年に新規で買えるNISA口座が1社」という意味です。金融機関は1年単位で変えられますが、変更しても、それまでに買ったNISA資産は前の会社に残ります。乗り換えを重ねると、非課税の資産が複数社に散らばります。
金融機関を変えるには、変えたい年の前年10月1日から、その年の9月30日までに変更届出書を提出します。
★その年のNISA枠で1円でも買っていると、その年ぶんの変更はできません(翌年ぶんの変更はできます)。
積立を設定している人は、年が明けて最初の買付が実行された時点で、その年は動かせなくなります。
期限は9月30日までですが、前年のうちに出しておくのが安全です。
つみたて投資枠と成長投資枠を、別々の会社で使うこともできません。 金融庁が「異なる金融機関でつみたて投資枠と成長投資枠を利用することは不可」と明記しています。2つの枠があるからといって、2社に分けられるわけではありません。
メリット① クレカ積立の枠が倍になる
2社目の利点がいちばん分かりやすいのは、ここです。
クレジットカードによる投資信託の積立上限は、1社につき月10万円です。1人あたりの合計ではありません。金融庁も「金融商品取引業者ごとに10万円を超えないこと」という理解を示しています。
つまり2社に分ければ、月20万円まで積み立てられます。
NISA口座である必要はありません。 この上限は課税口座にも同じように適用されるので、NISAの枠を使い切ったあとも、課税口座で積み立てを続けられます。
| 1社だけ | 2社に分けた場合 | |
|---|---|---|
| クレカ積立の上限 | 月10万円 | 月20万円 |
| NISAの非課税枠 | 使える | 増えない(1社だけ) |
ポイントが付くかどうか、何%付くかは、カードの種類・前年の利用額・口座の区分・時期で変わります。上限が増えることと、還元が倍になることは別の話です。各社・各カードの条件を確認してください。
メリット② IPOの抽選に参加できる機会が増える
新規上場(IPO)の株は、各証券会社が自社の顧客に配分します。日本証券業協会の規則も、抽選の対象を「当該協会員における個人顧客への配分予定数量」と定めています。抽選は証券会社ごとに行われます。
そのため、申し込む証券会社が増えれば、抽選に参加できる機会が増えます。
配分の内訳は会社によって違います。
| 個人向け配分の内訳 | |
|---|---|
| 松井証券 | 抽選 70%以上 |
| SBI証券 | 抽選 60%/IPOチャレンジポイント順 30%/裁量 10% |
| マネックス証券 | 原則として配分数量のすべてを抽選 |
| 楽天証券 | 原則として全株を抽選 |
| 三菱UFJ eスマート証券 | 抽選 10%以上 |
★「以上」は下限であって、実績ではありません。 各社が実際に何%を抽選に回したかは公表されていません。
★松井証券の70%以上には例外があります。 申込数が配分予定数に満たない場合など、抽選の割合を引き下げたり、抽選を中止したりすることがあると明記されています。
★マネックス証券の「すべて」も「原則として」です。 申込者数が配分単位数以下の場合は、まず全員に1単位配ったうえで、残りを申込株数に応じて抽選する形に変わります。
★当選のしやすさを数字で比べることはできません。 配分する株数も申込者数も、どこも公表していないためです。
なお、口座があれば自動的に抽選に参加できるわけではありません。会社によって、事前の入金や買付余力、購入の申込みといった手続きが必要です。松井証券のように、当選後に辞退するとその後の申込みが制限される会社もあります。
同じ銘柄に、複数の会社から申し込んでいいのか
禁止する規定は見つかりませんでした。 ただし「複数社から申し込めます」と明示した公式の記述も見つかりません。どちらの記載も無いので、気になる場合は申し込む前に各社へ確認してください。
確認したのは、日本証券業協会の配分規則と5社の配分方針です。どちらにも「他社」「複数の証券会社」に触れた記述はありませんでした。
同じ会社の中で口座を分けて重複して申し込むのは、これとは別の話です。 楽天証券は、同一人物による複数口座からの申込みについて規定を置いています。マネックス証券は「NISAでも同時にお申し込みの場合も名寄せされるため、当選確率が倍になることはありません」と明記しています。残りの3社は「1人1抽選権」「1人あたり上限」という配分の設計になっていますが、重複申込みを禁じた条文は確認できていません。
メリット③ 破綻したときの補償枠が増える
まず前提から。証券会社に預けた資産は、分別管理という法律上の義務によって、会社自身の財産と分けて保管されています。金融庁の説明でも、これが主役です。分別管理が守られていれば、1,000万円を超えて預けていても、そのまま返ってきます。
日本投資者保護基金の補償は、その分別管理が破られて資産を返せなくなった場合の、最後の備えです。銀行のペイオフとは性質が違います。
「ご注意いただきたいのは、証券会社がお客さまの金銭や有価証券を分別管理していれば、当基金の補償は行われないことです」(日本投資者保護基金)
そのうえで、補償の上限は破綻した証券会社1社につき1人1,000万円です。2社に分けていれば、それぞれに枠があります。複数社が同時に破綻した場合も同じです。
★補償の対象にならない取引があります。 FX、店頭デリバティブ(相対のCFDなど)、海外取引所のデリバティブ、くりっく365、合同出資などの第二種金融商品取引業の商品は対象外です。銀行で買った投資信託も対象外です(銀行は基金の会員ではないため)。
★値下がりによる損失は補償されません。 また、証券会社に対して債務がある場合は、その額が補償額から差し引かれます。
★1,000万円を超えた分も消えるわけではなく、破産手続などを通じて請求はできます。ただし、どれだけ返ってくるかは会社の財産状況によります。
メリット④ 使える商品とサービスが広がる
取り扱う商品や提供するサービスは、証券会社によって異なります。
- 外国株の取扱国数は、上記5社の中ではSBI証券が最多です(9カ国。ただしロシア株は公式に「2022年2月28日(月)以降より、ロシア関連の銘柄の売却のみ対応」とあり、これから買えるのは8カ国)
- 単元未満株は、扱う銘柄数のほかに、リアルタイム売買に対応している会社と、対応していない会社があります
- 分析ツールも会社ごとに違います(マネックス証券の銘柄スカウター、楽天証券の日経テレコン、松井証券の需給分析など)
口座を持っていれば使えるツールもあるため、それを目的に2社目を開く選択肢もあります。
メリット⑤ 障害が起きても、市場から締め出されない
使っている証券会社にシステム障害が起きると、その間は注文が出せません。このとき、もう1社に資金を置いてあれば、そちらで売買できます。
相場が大きく動いている日に何もできない、という状況を避けられます。これが、口座を分けておくいちばん実務的な理由かもしれません。
ただし、条件と限界があります。
① 両方に資金を置いていないと成立しません。 口座があるだけでは足りません。障害が起きてから入金しても間に合わないので、あらかじめ分けておく必要があります。
② 障害が起きた会社に預けている株を、別の会社の口座から売ることはできません。 株は預けた会社の口座にあるためです(そう明記した公式ページは5社とも見つかりませんでしたが、口座は会社ごとに独立しています)。
つまり、新しく売買する自由は残るが、いま持っているものは動かせない、という形です。
電話という手もありますが、あてにしすぎないでください
5社とも、障害のときの電話窓口を公表しています(eスマート証券だけは「注文」ではなく「注文要望」です。後述します)。そして5社とも、そのときの手数料はインターネットと同じになります。SBIは「システム障害時にお受けする注文専用ダイヤルでのご注文は通常時の「インターネット取引手数料」を適用いたします。」、楽天は「障害時手数料 インターネット料金を適用」、マネックスは「システム障害と当社が判断した場合には、インターネット手数料を適用いたします。」と書いています。「壊れたときは電話だから高くつく」は、この5社では当てはまりません。
ただし、次の点は知っておいてください。
- ★土日は、5社とも電話で株の注文を受け付けていません。 楽天証券のチャットは土日も動きますが、対象は投資信託とNISAだけです。土曜に障害の告知が出ても、月曜まで動けません。
- ★三菱UFJ eスマート証券が障害時に受け付けるのは「注文」ではなく「注文要望」です。 公式の手数料の扱いも「障害時手数料 お客さまご自身により再発注いただいた際の手数料を適用」で、自分で出し直す前提になっています。電話しても、その場で市場に注文が出るわけではありません。
- ★松井証券は障害時専用の番号(0120-811-406)があり、通常のサポートダイヤルでは障害時の注文を受けられません。 いつもの番号にかけても注文できません。
- どの会社も、電話がつながらないことがあると自社で書いています。SBI証券と楽天証券は、障害で保有状況を確認できない場合は注文自体を受けられない、とも書いています。
電話は予備になりますが、別の口座の代わりにはなりません。 混雑してつながらないことがあり、土日は使えず、eスマートでは「注文」になりません。
デメリット:手間が増えます
① 損益を相殺するには確定申告が必要
特定口座(源泉徴収あり)を1社だけで使っている場合、その口座内の株式の譲渡益については確定申告を省けます。税金は証券会社が源泉徴収します。
一方、A社で利益が出てB社で損失が出た場合、それを相殺するには自分で確定申告をする必要があります。会社をまたいだ計算は、証券会社にはできないためです。
口座を開いただけ、あるいは相殺の必要がない場合には、この手間は発生しません。
② 損失を繰り越す間は、毎年申告が必要
損失を翌年以降(3年間)に繰り越すには確定申告が要りますが、それだけでは足りません。
★損失が出た年だけでなく、その後も毎年申告する必要があります。 取引がまったくない年も同じです。1年でも途切れると、そこから先は繰り越せなくなります。これはなかなか面倒です。
なお、NISA口座で出た損失は、そもそも損益通算も繰越控除もできません。 課税口座の利益と相殺することはできない、ということです。
③ 同じ銘柄を2社の特定口座で持つと、取得単価が別々になる
同じ銘柄をA社とB社の特定口座で100株ずつ持っているとします。この場合、税務上は別々に扱われ、平均取得単価も口座ごとに計算されます。国税庁の通達が「それぞれその銘柄が異なるものとする」と定めています。
片方で買い増しても、もう片方の取得単価は変わりません。自分の平均単価を把握しにくくなるので、同じ銘柄をあえて分ける理由は乏しいと思います。
一般口座どうしの場合は扱いが違い、申告のときに通算して取得費を計算します。この特則は特定口座の話です。
④ そのほか
- 年間取引報告書が、特定口座を開いた社数ぶん届きます
- 確定申告の内容は、住民税にも反映されます
まとめ
| メリット | クレカ積立の枠が倍になる | 1社につき月10万円 |
| メリット | IPOの抽選機会が増える | 抽選が証券会社ごとに行われるため |
| メリット | 破綻時の補償枠が増える | 破綻した1社につき1,000万円 |
| メリット | 使える商品・サービスが広がる | 証券会社によって異なる |
| メリット | 障害が起きても市場から締め出されない | ★両方に資金を置いてある場合に限る |
| デメリット | 確定申告の手間 | 損益の相殺・繰越をする場合 |
| デメリット | 同じ銘柄の取得単価が分かれる | 特定口座は口座ごとに計算 |
| (増えません) | NISAの非課税枠 | 1人1社。年単位で変更できる |
分ける目的がはっきりしているかどうかで決めてください。
いちばん分かりやすいのは、クレカ積立を月10万円まで使い切っている人です。2社目を開けば、上限が月20万円に増えます。逆に、クレカ積立の枠だけを目的にするなら、上限に届いていない人が2社目を作る理由はありません。
商品やツール、IPOなど、ほかの目的で選ぶ場合はまた別の判断になります。
2026年8月16日時点。制度の部分は金融庁・国税庁・日本証券業協会・日本投資者保護基金の公表資料、各社の条件は各社公式で確認しています。証券会社の比較は、SBI証券・楽天証券・マネックス証券・松井証券・三菱UFJ eスマート証券の5社の範囲です。条件は変わるので、手続きの前に公式でもご確認ください。
